産業保健専門職として何をどこまで行うか

目次

はじめに

 日本産業衛生学会・産業保健専門職の倫理指針において、「産業保健活動の主目的は、労働条件と労働環境に関連する健康障害の予防と、労働者の健康の保持増進、ならびに福祉の向上に寄与することにある。産業保健専門職は、職域における安全衛生の確保をはかる労使の活動に対して、専門的立場から、関連する情報の提供・評価・助言などの支援を行う。」とされています。このように産業保健活動の範囲は幅広いものですが、産業保健専門職の活動時間は限られております。また、本来は会社が行うべき判断や対応を、産業保健専門職に押し付けてくるケースも少なくないものと思われます。よかれと思って自らの権限を超える判断を行ってしまったため、かえって労働者とのトラブルになってしまう可能性も否めません。このような中、産業保健専門職においては、行うべきことの優先順位や自らに求められる役割を踏まえながら、日々の活動を行っていくことが重要となります。

産業保健活動の優先順位

 産業保健活動の優先順位を考える際、法令に定められたものか、労働者の健康にどの程度影響することなのかといったことは、一つの目安となります。ここでは、以下の順に優先順位をつけたいと思います。

◎法令で定められた事項
◎安全配慮義務の支援に関する事項
◎職務適性管理に関する事項
〇危機管理に関する事項
〇健康の保持増進に関する事項
〇福利厚生に関する事項

※◎は特に優先度が高いものを示す

次に、産業保健活動を目的別に、「職業病予防」、「過労死(自死)予防」、「健康保持増進」、「危機管理対策」の4つに分類します(図)。それぞれにつき、活動の優先順位や専門職に求められる役割を考えていきたいと思います。

図)産業保健活動の概念図

職業病予防

 この領域に含まれる項目を以下に示します。いずれも法令で定められたもので、かつ労働者の健康に大きな影響を及ぼしかねないものです。つまり、どの項目も取り組むべきものですが、ここでは専門職の関与が必須かという視点で優先順位をつけております。

◎職場巡視
◎特殊健診への対応
〇化学物質管理
〇作業環境測定結果への対応
〇健康障害の原因調査・再発防止

 化学物質管理等、労働者の健康に大きな影響を及ぼすものですが、専門職としてどこまで関わるのがよいのでしょうか。例えば「化学物質のリスクアセスメントと言われても何をやればよいか分かりません。専門家としてリスクアセスメントをやってくれませんか。」という依頼が会社の担当者から来た場合、受けるべきでしょうか?

 私は受けるべきではないと考えます。リスクアセスメントの目的の一つに、作業者に自らの取り扱う物質の危険有害性を知ってもらうことがあります。よかれと思って専門職が代行することで、自ら学び・危険性を認識する機会を損なってしまいかねません。ここでは、リスクアセスメントの実施に向けて助言をするというスタンスに留めておくのがよいと思われます。

過労死(自死)予防

 この領域に含まれる項目を以下に示します。いずれも法令で定められたものか、安全配慮義務の支援に深く関わってくるものであり、労働者の健康に大きな影響を及ぼしかねないものばかりです。つまり、どの項目も取り組むべきものですが、ここでは法令で定められたものか否かという視点で優先順位をつけております。

◎健康診断事後措置
◎過重労働対策
◎ストレスチェック
◎海外赴任者対応
〇職務適性管理(復職支援等)
〇メンタルヘルス対策

 傷病休職からの職場復帰支援(復職支援)は専門職の役割として重要なもののひとつですが、例えば「休職期限が近づいているもののまだ本人の復職意志が確認できていない労働者に対して、元職場復帰が原則であり、在宅勤務や時短勤務は認めていないといったルールを伝えるのは気が重い。専門職から復職条件も合わせて説明してもらえませんか。」という依頼が会社の担当者から来た場合、受けるべきでしょうか?  
 

 私は受けるべきではないと考えます。復職に関する条件等は、あくまでも労務管理の主体である上司や人事担当者等から伝えるべきだと思われます。会社のルールを説明することは産業医の役割ではありませんし、権限を超えて対応してしまうことで、もし復職がうまくいかなかった場合に、労働者が産業医指示により復職の機会を奪われてしまったと誤解するなど、無用のトラブルを招いてしまう懸念もあります。会社側からルールの説明をしてもらった上で、労働者がそれでも復職の意志を示せば、専門職として復職支援に入るスタンスがよいと考えます。

健康保持増進

 この領域に含まれる項目を以下に示します。いずれも努力義務の範疇か、実施が推奨されているレベルのものですが、長期的には労働者の健康に大きな影響を及ぼす可能性があると思われます。どの項目も取り組んでおくに越したことはないですが、ここでは努力義務の範疇か否かという視点で優先順位をつけております。

〇保健指導
〇健康教育
〇職場環境改善
〇喫煙対策
〇がん対策

 保健指導・健康教育などは、労働者の健康保持増進のために一定の効果が見込めるかもしれませんが、前述の職業病予防や過労死(自死)予防の取り組みと比べると、少し優先度は低くなることは否めません。ここで、例えば、「健康保険組合から特定保健指導の受診率が低いことを言われているな。社内でやってあげた方が受診率も上がるかもな。そうだ、先生、社内で特定保健指導を進めていこうと考えているんですが、社内の保健師に任せるのはどうでしょうか?」という相談が会社の担当者から来た場合、どのように考えるべきでしょうか?

 私は安易に賛成すべきではないと考えます。特定保健指導の実施主体は健康保険組合であり、会社はあくまでも実施に協力をする立場にあります。会社が抱え込むべき課題ではなく、他に優先度が高い業務も少なくないことでしょう。これらをきちんと説明し、会社の担当者に再検討を促すスタンスがよいのではと思われます。

危機管理対策

 この領域に含まれる項目を以下に示します。いずれも法令で定められたものではありませんが、パンデミックなど有事の際には労働者の健康や生命に大きな影響を及ぼしかねないものです。ただし、何をどこまでやるかはそれぞれの会社の危機管理に関する方針によっても大きく異なってきます。

〇大規模災害対策
〇初期救命体制の構築

 例えば、「感染防止策は行いたいが、何をどうしたらよいのか分からない。そうだ、専門家に社内向けマニュアルを作ってもらおう。先生、お願いできませんか。」という依頼が会社の担当者から来た場合、受けるべきでしょうか?

 私は受けるべきではないと考えます。会社によって、対策の優先順位・実施する範囲は異なってくるものですし、事業継続の方針とも関わってくるところもあり、社内で十分に検討してもらうことが大事といえます。専門職としては、検討段階での専門的な助言や、出来上がったマニュアルの確認・助言を行うスタンスに留めた方がよいと思われます。

引用)日本産業衛生学会. 「産業保健専門職の倫理指針」

https://www.sanei.or.jp/oh/guideline/index.html
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