はじめに
身体活動・運動により、2型糖尿病・循環器病・がん・うつ病等の改善につながる可能性が指摘されております。世界保健機関(WHO)は、身体活動不足を、高血圧・喫煙・高血糖に次いで、全世界の死亡に対する危険因子の第4位としており、座り過ぎを含めた身体活動不足に警鐘がならされております。しかしながら、機械化・自動化の進展、移動手段の変化等により、働く人々の身体活動量は減少しやすい社会環境にあると言えます。健康日本21(第三次)の表を見ると(表1・2参照)、2010年から2019年の間に歩数と運動習慣のほとんどで改善が見られていないことがわかります。従業員の一人一人が行動変容をおこし、運動習慣を身につけるのは簡単なことではありません。
表1 歩数に関する目標値
表2 運動習慣に関する目標値
運動機会増進のために職場でできること
職場で比較的簡単にできる取り組みとして、身体活動・運動に関する情報提供、ウォーキングイベントの開催などがありますが、情報にアクセスしたり、イベントに参加するのは、もともと健康意識が高く、運動習慣のある一定の層に限られることが多いのではないでしょうか。そうなると、最もターゲットにしたい健康意識が低い層との健康格差が逆に広がってしまう可能性も否めません。運動機会増進のためには、個人を対象にした教育的アプローチはもちろん必要ですが、それだけではなく、従業員の健康意識に依存せずに身体活動が増やせるような環境的アプローチについても検討していくことも重要でしょう。
従業員の行動変更のためのアプローチ
職場としての介入のレベルを、個人・職場・事業所・全社の4つに分類します(図1参照)。個人レベルの取り組みにおいては、従業員個々の知識・スキル・信念に働きかける教育的アプローチが主体になります。一方、職場・事業所・全社レベルの取り組みにおいては、従業員が自然と身体活動増進に向かうような環境的なアプローチが主体になるでしょう。この中でも、職場レベルでは従業員同士の社会的支援(ソーシャルサポート)を、事業所レベルでは職場環境の改善を、全社レベルでは方針・規程等を活用しながらアプローチを進めていくことになります。例えば、一人で運動に取り組むよりも、チームで運動に取り組む(例:職場仲間で駅伝大会に参加)方が運動習慣も継続しやすいことが想像できますが、ここにチーム内の社会的支援(連帯感・励ましなど)が大きく関与していることが考えられます。また、例えば、社内のエレベーター使用を荷物運搬用に限定すると、従業員は移動に階段を使わざるを得なくなり、自然と身体活動が増進されることになります。これも運動機会増進のための職場環境改善の一例と言えるでしょう。通常は徒歩や自転車通勤には交通費が支給されませんが、奨励金等が支給されるとなると、これらの手段を選び、自然と通勤により身体活動が増進される従業員が増えてくるかもしれません。これは、通勤に関する規程を活用したアプローチといえます。このように、環境的アプローチにおいては、従業員の身体活動の増進につながるような取り組みを、職場・企業のさまざまな資源をうまく活用しながら進められるとよいでしょう。
企業における取り組み例
以下、それぞれのレベルで取り組めそうな内容をいくつか例示します。
●個人レベル(教育):
・身体活動・運動に関する情報提供
・身体活動・運動を促進するITツールの活用
・セミナー・〇〇教室の開催(例:ヨガ教室)
●職場レベル(社会的支援):
・チーム単位でのスポーツイベント参加
・会議内での身体活動の実践(例:スタンディング会議)
・職場体操
●事業所レベル(職場環境改善):
・運動施設・器具の整備
・スタンディングデスクの整備
・階段利用を促す環境の整備
●全社レベル(方針・規程):
・通勤時の歩行や自転車利用を促す制度・環境整備
・運動サークル・スポーツクラブへの補助金制度
図1 従業員の行動変容のためのアプローチ
次のアプローチに向けて
取り組んだ内容については、きちんと評価をして、次の活動につなげていくことが重要です。参加率・継続率など取り組みのプロセス評価はもちろんのこと、実際に従業員の歩数や運動習慣定着率の増加につながっているかなどアウトカム評価も行っていくことになります。これらの評価結果を衛生委員会等の場で議論し、継続・改善・新たな取り組みの導入など次のアプローチにつなげていけるとよいでしょう。
参考文献
1) 厚生労働省「健康日本21(第三次)の推進のための説明資料」2023
2) Sallis JF, Owen N. Ecological Models of Health Behavior. In Health Behavior: Theory, Research, and Practice, 5th ed. 2015; 41‒64.